2025年11月18日
創造性インタビュー
良い発想だけでは、世の中は動かない。必要なのは人を動かすストーリー(物語)と熱が届く時間軸だ。危機対応から街づくりまで、幅広い現場を率いてきたNTTアーバンソリューションズの上野晋一郎常務取締役にアイデアの見極め方と組織の想像力を高める方策などを聞いた。一問一答は次の通り。

上野晋一郎常務取締役(本人提供)
――これまでのご経験と現在の仕事の内容を教えてください。
NTTに入社以来、設備保全や危機管理などさまざまな業務やプロジェクトに携わってきました。現在、グループが保有している不動産、ICT、エネルギー・環境技術等を組み合わせ、「街づくり」を通じた地域課題の解決に取り組んでいます。私は街づくり事業全体の統括、およびCDAIO (Chief Digital and AI Officer)、CCO(Chief Compliance Officer)などを担当しています。
ストーリーの原型
――いろいろなアイデアの提案や企画が上がってくると思います。どのように見極めているのでしょうか。
熱意があること。適切なキャスティングが描けていること。ストーリー(物語)があること。この三つがそろい、さらに「今やるべき」という時間軸が合致したときにアクセルを踏みます。例えば、2016年度からNTTグループに導入された高電圧直流供給システムのプロジェクトは、ストーリーとタイミングが非常に重要だったと感じています。当時、インターネット利用環境の高度化などに伴う電力消費量が急激に増加しており、省エネ化が喫緊の課題となっていましたが、それまで使われていたシステムは電力変換による損失が大きいという難点がありました。高電圧直流供給システムは、この課題を解決する新しい電力供給の仕組みです。
高電圧直流供給システム自体は、NTTグループの研究所で継続的に取り組まれていたテーマでした。しかし実際に導入するとなると、NTTだけでなく関連する通信機器メーカー、電力機器メーカー、ケーブルメーカーなど電力にかかわる全てのステークホルダーがこぞって新しい仕様に合わせた開発をしなければなりません。
プロジェクト担当者から、電力にかかわる全てのステークホルダーとどのように協力していくのか、導入初期にサーバーや通信装置全てが高電圧対応できない場合への対応はどうするのかなど市場への具体的な影響まで考えたシステム変更のストーリーの原型が出てきた時、「今だ」と思いました。そして、10年ではなく1年でやりきるという条件を出してプロジェクトを一気に加速するように促しました。
重要な時間軸
――「10年を1年」ではあつれきも出たのでは。
期間短縮という条件は、アイデアを実現していくための「アクセル」の役目です。「こういう未来が必要だ」と思う人がいる時に、その熱量が伝わるタイムラインで「一緒にやろう」という人を巻き込むことが重要です。もし誰も巻き込めなかったら、その時期ではないとも言えるでしょう。
時間軸は非常に重要で、高電圧直流供給システムのプロジェクトにおいても、ストーリーがあったからこそ、ストーリーに共感したメンバーがそれぞれの専門性を生かして想像を広げながらプロジェクトに参加できる状態になりました。何かのアイデアが研究テーマで終わるのか、ムーブメントになるかの分岐は「ストーリー化」にあると思います。

危機管理と価値創造
――ストーリーを描くにはどのような能力が必要でしょうか。
鍵は「想像力」です。私の元々の専門のひとつは危機管理ですが、危機管理も価値創造にも「想像力」が重要だという点は共通しています。危機管理は悪いほうにも想像を巡らせて準備を進めますが、反対に価値創造は良い方に想像を巡らせることから始まるでしょう。
この想像力は、組織単位で蓄積されるものだと感じることもありました。2011年3月11日、東日本大震災が起きました。当時、NTT東日本神奈川の設備部隊(およそ2400人)を統括しており、本社からの支援要請は福島県の設備復旧でした。多くの事業部がある中で私たちの事業部が第1陣として選ばれたのには理由がありました。
APECの経験、震災支援
それは、震災前年の2010年に開催された横浜APEC(アジア太平洋経済協力)で通信環境を統括管理した専門部隊と経験をもっていたことでした。各国の首脳級が集まるこのイベントでは絶対に通信環境に不備があってはなりません。準備段階ではテロ対策も含め、あらゆる可能性に想像をめぐらせ対応スキームを設計しました。実際、私たちの部隊は急きょ発生した日程変更や設備変更にも無事対応できました。
東日本大震災の支援では、横浜APECで築いた危機管理のできる専門部隊とそれを指揮する経験がまるごと生きました。原子力災害で動きの取れない福島支店の社員に代わり、設備復旧を担うことになりましたが、現地でどんな状況が起きるか見通しが立ちませんでした。そのような状況だからこそ多方面に想像を働かせての準備や、各自が任務を安全かつ迅速に対応できる能力が重要であり、その能力が横浜APECで証明されている部隊だとの判断だったのです。
震災支援が決まってからの対応はトップ層、中間層を中心にものすごいスピードで進みました。携帯ガイガーカウンターの調達、千葉から放射線医学研究所の職員等放射線の専門家を招いての放射線教育実施など、神奈川の支援社員を守り、福島には衣食住を含め負担や迷惑をかけないための準備が数日のうちに整ったのです。このことは、想像力を働かせて実行に移していく力の重要性を再認識する出来事でした。
多様な人との出会い
――メンバーの「想像力」を高めるために取り組んでいることは。
結局は、経験の幅と出会いの量が本当に重要です。経験が増えるほど、出会いが広いほど、キャスティングの選択肢が増え、ストーリーは豊かになります。私は課長時代から、どこの職場でも「メンバーの組織外活動の一覧表」を作成し続けています。研究会、コンソーシアム、海外出張、官公庁との取り組みなど、誰がどこでどんな経験をしているかを可視化しています。一覧表を見て外部と関係性を持つプロジェクトや団体への参加をスタッフに指示するなど、意図的にメンバー全員がネットワークを広げる機会を作るために活用しています。
何か新しい企画をする時に必要な人を巻き込んだり巻き込まれたりするには、多様な人との出会いと経験が糧になると信じています。特に若手には他社・他分野の人との接点を意図的に増やすように促しています。その時に何かが起きなくても、異業種の人たちとの交流は将来の自らの仕事を広げる、ひいては協業の可能性も含めて大きなストーリーを描くための未来への投資だと思っています。

上野氏の創造プロセスは、「可視化」=経験とネットワークを管理する →「ストーリー化」=なぜ今・誰と・どうやって語る →「実装」=熱量が伝わる時間軸で一気に動かす―という三段構えだ。創造は構想力だけでなく、キャスティングとタイミングで現実に変わる。この一貫した姿勢が、社内外の人を巻き込んで、危機管理から街づくりまで幅広い領域での価値創造につながっている。「NTTの中だけで価値を完結させることにこだわらない。経験を積んだ人が外に出ても、日本全体で価値創造が生まれればいい」と語る高い視座と、ネットワークを広げるためにメンバーの組織外活動を把握する細やかさ。その両立が、組織の創造力を高めるのだろう。

