2025年11月13日
創造性インタビュー
建設業の枠を超えて、社会課題に取り組む竹中工務店技術研究所。2025年春に「社会価値創造研究部」が新設され、課題解決型から課題“創出”型への転換を掲げた。部の創造性を引き出すための取り組みや仕組みについて、天野健太郎・同研究部長に聞いた。一問一答は次の通り。

天野健太郎さん
――主な業務、チーム構成について教えてください。
2025年3月に社会価値創造研究部が新設され、部長に着任しました。部内は「人間行動科学」「空間価値創造」「社会システム」の3グループに分かれ、研究員約30人が所属。心理学や建築環境工学、サステナビリティなど多様な専門家が集まっています。
主な拠点は千葉ニュータウンですが、多様な人と共創する「オープンラボ」を東京や大阪、海外にも設置しており、在宅勤務を活用するメンバーも多いです。仕事内容に応じて働く場所や時間を自由に選べるABW(Activity Based Working) 制で、コラボレーションを促進する環境を整えています。
――創造性が必要と感じる背景についてお聞かせください。
研究開発そのものが創造性を要する仕事ですが、近年特に「課題解決型」から「課題創出型」への転換が求められています。従来は「(顕在化している)顧客の課題を技術で解決する」ことが主流でしたが、今は「まだ見えていない課題」を自ら発見し、社会に新たな価値を生み出す姿勢が重視されています。
加えて、時代の変化に応じて組織体制の見直しが頻繁に行われ、常に新しい知識や視点を持つ人材が流動的に加わってきます。私自身も8年間でグループ名が7回変わる経験をしました(笑)。
もちろん長期に渡るプロジェクトもありますが、固定メンバーで進めるのではなく、その時々に必要な専門性や視点を持つ人材を加えていく社風です。私自身もこのスタイルが、「課題を発見し、新しい価値を生み出す」という目的に合っていると感じています。
若手リーダー育成と「戦略的外交」で創造性を育む
――チームの創造性を引き出すために、どのような工夫をされていますか。
研究テーマごとにプロジェクトチームを編成し、その際若手にもリーダー経験を積ませるようにしています。自ら考え、仲間を巻き込みながらプロジェクトを進める経験が、次世代リーダーとして成長する機会になると考えています。
一方で、現グループリーダーはアドバイザー的な立場でチームを支え、リスクコントロールなど、より高い視点からの支援を行う体制を整えています。
また、社外ネットワークを構築する「戦略的外交」を進めています。研究員が研究会や学会に積極的に参加し、行政や外部の専門家、顧客などと連携することで、研究の幅と深さを広げています。
特に意識しているのが、①政府政策②諮問機能③技術創出④顧客ニーズ―の四つの外交軸です。これらの軸をもとに、社会を動かすステークホルダーを洗い出し、戦略的にアプローチしています。

四つの外交軸(出所)インタビューを基に作成
――戦略的外交が重要だと思ったきっかけは。
例えば、コロナ禍以前から、国内における感染症対策施設の整備の遅れを強く感じていました。
当時、最も高い安全基準「バイオセーフティーレベル4(BSL-4)」を満たす、細菌やウイルスを扱う施設は国内に1カ所しかなく、海外と比べて大きく遅れていました。もし新興感染症が発生したら「このままでは対応できない」という危機感を抱き、まだ社会的に顕在化していない課題として早い段階から取り組みを始めました。
まずは、海外の先進事例を参考にしました。現地の技術者や研究者と意見交換を重ね、設計思想や運用体制、技術的な工夫などを学びました。国内での整備に向けては、産官学連携の研究開発の取り組みも不可欠でした。各種ガイドライン・規則 や実際の施設におけるバイオリスク管理上の課題の検証と、その対策を含めた提言を行う研究班に参加しました。
その過程で、「国としてどのくらいこうした施設が必要なのか」「どのような技術基準が求められるのか」といった根本的な問いにも向き合いました。さらに、施設開発にあたっては、建築設計、空調・設備、情報システム、運用管理など多岐にわたる専門知識が必要でした。社内の設計者やエンジニアだけでなく、同様の施設を運用している外部技術者や、顧客企業ともディスカッションを重ねました。
こうした地道な官民連携、技術開発の積み重ねによって、国内最高レベルの封じ込め性能を有する実証実験施設を技術研究所内に構築しました。今でこそコロナ禍を経てその必要性が広く認識されていますが、当時はビジネスチャンスとして見えにくく、社内外の理解を得るのも簡単ではありませんでした。それでも、社会に必要なインフラを先取りして形にできたことは大きな成果です。
こうした経験から、社会を動かすには「自分たちの技術だけでは完結しない」と実感しました。行政や専門家、企業、顧客など多様なステークホルダーの立場を理解し、戦略的に関係を築いていく必要があります。
――創造性をさらに高めるため必要なことは。
個々の専門性が立った人材が集まっている部署を預かっていますが、だからこそ知識や経験の属人化を防ぎ、上手に横展開できる仕組みが不可欠だと考えています。
また、課題創出型の研究においては、百発百中はあり得ません。むしろ、プロジェクトが滞れば立ち止まり、見切りをつけてどう切り替えるかを的確に判断し、次につなげる姿勢が大切です。そうした挑戦を後押しし、評価する仕組みが会社全体に必要だと感じています。
さらに、既存の枠を超えた着想を得るために、「宇宙」などのフロンティア(未開拓の分野)に積極的に挑戦していくことも重要です。
例えば、竹中工務店では、宇宙で快適に暮らす未来に向けて「食と住」をテーマに研究・技術開発を行っています。制約条件が多い環境だからこそ新しい発想や技術が生まれ、他分野への応用や社会価値の創出につながります。
こうした挑戦を社内外に広げていくために、自らの専門性やアイデアをわかりやすく伝える力が欠かせません。特に、課題創出型の研究ではビジネスチャンスが見えにくいことが多いため、経営陣や社会に意図や意義を発信する力が、創造性を発揮するうえで重要な要素になると考えています。
【参考URL】
宇宙農場システム技術
産学連携による宇宙滞在技術の研究
天野氏は「課題創出型」への転換のために、組織全体で創造性を発揮する仕組みづくりを進めている。若手にリーダー経験を積ませたり、ステークホルダーとのネットワークを広げる「戦略的外交」を展開したりするのは、新しい発想を生み出す土壌である。
さらに、積極的なフロンティア挑戦が、研究者の創造性を刺激している。宇宙での生活環境を想定した研究は、制約条件が多いからこそ新たな着想につながる。こうして生まれた技術は都市開発や建築設計など身近な領域にも応用可能だ。
課題創出型の研究は成功のハードルが高く、失敗を否定する組織文化では成り立たない。「安心して失敗し学べる」「挑戦そのものが評価される」といった組織風土がより重要になってくるだろう。

